残したい本 「青春を山に賭けて」・「植村直己冒険の軌跡」 これを読まずして日本の冒険家は語れない

日本の登山家・冒険家の草分け的存在の植村直己の本です。エベレストの日本人初登頂、世界初の五大陸最高峰登頂者など、他にも多くの偉業を達成しています。

植村のやったことは超人的で型破りですが、とても謙虚で義理堅い人物で共感できる人柄です。これから何かに挑戦を考えている人は、読んでみたら参考になります。

コンテンツ
・読むに至った経緯
・本の概要説明
・感想
・まとめ

読むに至った経緯

植村直己はリアルタイムでその活動を知っている数少ない冒険家です。TVや新聞でその活躍を知って心躍らせていました。その後大学に入り山を登るようないなり、本屋に行ったとき何気なく買ったのが「植村直己 冒険の軌跡」です。

この本を紹介しようと思ったのですが、この本は植村直己が著者ではなく植村や関係者の話や対談を山と渓谷社がまとめたものです。
今回せっかくなので、ほぼ同時期の話を植村自身が書いた「青春を山に賭けて」を再度読んでみました。

本の概要説明

 

「青春を山に賭けて」は、
1965年4月 – ゴジュンバ・カン登頂
1966年7月 – モンブラン単独登頂
1966年10月 – キリマンジャロ単独登頂
1968年2月- アコンカグア単独登頂
1968年4月 – 6月20日 – アマゾン河6,000km単独筏下り
1970年5月- エベレスト登頂(松浦輝夫とともに日本人初登頂)
1970年8月- マッキンリー単独初登頂(世界初の五大陸最高峰登頂成功)
1971年1月 – 冬季グランド・ジョラス北壁完登
の約6年間の活動を書いています。発行は1971年です。

「植村直己冒険の軌跡」は、上記範囲にプラスして
1971年8月30日 – 10月20日 – 日本列島3,000kmを徒歩で縦断
1972年9月4日 – 1973年2月4日 – グリーンランド北端シオラパルクのエスキモー宅に単身寄宿し共同生活
1973年2月4日 – 4月30日 – グリーンランド3,000km犬ゾリ単独行
1974年12月29日 – 1976年5月8日 – 北極圏12,000km犬ゾリ単独行
の部分が取り上げられている。また開口健との対談が載っています。

内容的には、もちろん植村自身が著作した「青春を山に賭けて」の内容が具体的で本人の気持ちが現れているます。でも「青春を山に賭けて」には多くの写真が掲載されているのです。写真は文書よりも状況を語ります。より植村や植村の文書の真実が身近に感じられるのです。その意味でこの2冊の本を是非合わせて読んで欲しいのです。

植村の活動は1971年までは主に山の活動が中心の活動でしたが、その後の極地冒険へと活動を広げていきます。この2冊の本は、主に前半の山での活動について書かれています。

内容は植村らしい謙虚で気どりのない文章で共感をもてるのですが、実際にやっている活動を考えると本当に過激であり得ない感じです。

感想

この本は冒険やチャレンジについて教えてくれます。

植村は少しずつ実力を蓄え計画もしっかりと作るのですが、やはりあり得ない発想で行動するのです。単独で活動する(したい)というところから、あり得ないことが実行に移せるのですが、同時にリスクや冒険が生まれるのです。

その時のピンチを今までの経験と頑張りで解決していくのです。

この本と、その後のいろいろな経験が教えてくれたのは、新しいことにチャレンジをするときは
・しっかりと準備をすること
・でも、想定外のことは必ずおこること
・ピンチに陥ったときは、この冒険のために準備したことだけではなく、今まで経験したこと全てで対応すること
・そのために普段から、いろいろと経験しておくこと

と思うようにしていました。

本当に世の中はうまくいかないもので、結局思ったようにはいかないのです。この、考え方が何度も助けてくれました。上手く行かなかった時に、予想とおり(本当は予想とおりではない)、ここから頑張ろうとの気持ちになる(する)のです。

植村の達成した業績は到底普通の人には真似ができません。でも全ての人が自分なりに新しいことを挑戦しながら生きていくのです。だからこの本は宝物になりました。

まとめ

植村直己の活動は、このあと極地をめざした後半戦に向かいます。冒険中毒になって更なる冒険に挑んでいます。

植村直己は、一番最初とか、単独ににこだわった、本当に日本を代表する冒険家です。

 

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