天縛皇神社は、我が家の近くにあり最近では一番多くお参りをする神社です。
今年は、お正月に参拝するとオリジナルの御朱印を頂けると聞き、ウォーキングも兼ねて久しぶりに元旦にお参りにいってきました。
平日に参拝すると人はほとんどいませんが、正月は鳥居の外まで並んでいます。
この風景を見ると日本人だなあと思います!
天縛皇神社には、通常常駐している方はいません。御朱印を頂きたい人は、北相模総守護社の亀ヶ池八幡宮が管理を行っており御朱印が頂けます。
多くの御朱印ファンの要望もあり、8月29日例大祭、1月1日から5日新年初詣りの際に、天縛皇神社社務所にてオリジナルの御朱印を頂けるようになりました。
今回元旦のお参りで頂いた御朱印(書置き)です。この他のもう一種オリジナルの御朱印がありました。
オリジナルの御朱印は趣があります!
こちらは、以前亀ヶ池八幡宮で頂いた天縛皇神社の御朱印です。
我が家は典型的な不真面目な信者です。お墓はお寺に、厄払い、初詣などは神社に参拝します。
神社は色々なところで参拝しておみくじを引いたりします。
よく言われる氏神様と産土神様とはどんな神様なのでしょうか?
日本神社のサイトには
氏神: 同地域に住む人が祀る神・元はその名の通り氏人が祀った祖神
鎮守神: 土地や建造物などの守護のために祀られた神
産土神:(うぶすながみ・うぶしなのかみ・うぶのかみ) 生まれた土地の神
とあります。
氏神信仰には、氏神を祀る神社の氏子の集団があり、祭りや信仰があり、代々伝承されていくものです。
氏子はお祭りの手伝いや寄付したり、神社とは密接な結びつきがあり氏子として登録されています。
神社本庁のサイトでは
氏神神社とは、自らが居住する地域の氏神様をお祀りする神社であり、この神社の鎮座する周辺の一定地域に居住する方を氏子と称します
との記載があります。こちらの方が緩い感じがありしっくりきます。
我が家は、そもそも初詣や厄払いなど特別な時しか参拝に行かないので、氏子ではなく地元の神様に詣でいるという感覚です。
産土神に詣でているという方がより近いようです。
ちなみに、天縛皇神社の氏子は、宮上地区、宮下地区に広がっているそうです。
天縛皇神社由緒
天縛皇神社は、ひっそりとした住宅街にある地元の人々に愛されている神社です。
我が家からは町田と相模原の堺にある境川沿いを歩くと、片道4km弱あり、ちょっとしたウォーキングになります。
社号: 天縛皇神社
祭神: 伊邪那岐命、伊邪那美命
相殿: 天照皇大神、神呂岐命、大山咋命
例大祭: 8月29日
住所: 相模原市中央区宮下本町3-23-7
アクセス:JR橋本駅から徒歩20分、京王相模線多摩境駅から徒歩10分
由緒 :
天縛皇神社は、新義真言宗天縛山蓮乗院もちとして、室町時代天文元年(1532)に創建され、帝釈天を再診とした天縛明神社とした小山村の鎮守でした。 明治初期の神仏分離により天縛皇神社と称社し、帝釈天から伊邪那岐命、伊邪那美命に変え祀りました。
明治42年(1909)足穂(たるほ)神社より天照皇大神、神呂岐命(かむろぎのみこと)、大山咋命(おおやまくいのみこと)を合祀しました。 昭和48年(1973)には、社殿が新築されました。
平日の午後に参拝したときのようすです。
鳥居から見た拝殿です。初詣のときは、この鳥居の外まで人が並ぶこともあります。
鳥居をくぐると、狛犬が迎えてくれます。
鳥居をくぐると、右側に手水舎があります。
鳥居をくぐって左側には、社務所があります。平日はこのように閉じています。
社殿の横は小さいながら、鎮守の森があります。夏は涼しそうです。
保存樹林の銀杏です。現在は枝が切られており、スッキリしています。
社殿の額です。
拝殿と本殿です。
本殿を反対側から見た所です。
本殿の横に末社として八坂神社があります。祇園信仰の神社で総本宮が京都府祇園にあつ八坂神社です。その最神は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)です。
境川沿いのようす
境川沿いは季節がよいと花々を楽しむことができます。またサギやカモなどの野鳥に出会うことができます。
小手毬(コデマリ)です。
八重山吹です。
八重桜です。八重桜はまだ満開に近い状態でした。
境川にはシロサギがいます。前日の雨でやや水かさが高くなっていました。
可愛い白い花の花ニラです。
よく見る花ですが、なんていう花ですかね??
ソメイヨシノは散っていましたが、この桜は満開に近い咲いていました。
咲くらはアップにすると、こんな花です。まだ蕾が残っています。
ウォーキングが好きな人には、御朱印集めは良い趣味になります。
ただ歩くだけでは、退屈することもありますが、歩いた先で御朱印を頂くという目的があると更に楽しみが増えます。
地域の神社に定期的に参拝すると、心も豊かになった気持ちにもなれます。