招き猫の発祥の地として有名な豪徳寺に53年ぶりに行ってきた! とても整備されて、招き猫が迎えてくれた!

何と!53年ぶりに世田谷の豪徳寺に行って来ました。50数年前、豪徳寺のそばに住んでいたのです。

そして、私は豪徳寺幼稚園に通っていました。豪徳寺幼稚園は私の卒業と同時に閉園してしまいましたが・・

その後も境内で遊んでいた記憶があります。そんな豪徳寺が有名なお寺であることを知ったのは、その後かなり経ってからです。

会いたかった招き猫たちにも会ってきました。

豪徳寺と私

子どもの頃、我が家は幼稚園児の私が自分で歩いていけるほど豪徳寺に近い場所にありました。とは言っても、歩いてみると意外と遠く大人の脚で10分ぐらいのところです。

当時の写真は、ほとんど残っていませんが、卒園写真で園長先生がお坊さんで中央に座っている集合写真が残っています。

その後小学校にはいると豪徳寺は、放課後の遊び場になっていました。山門の所でメンコをしたり、境内で追いかけっこをしたりしていました。

当時は現在より整備されてない古いお寺のイメージがありました。

当時から有名な人(井伊直弼)の墓があることは知っていましたが、招き猫については全く知りませんでした。

その後、10歳の時引っ越しして、豪徳寺には全く行かなくなりましたが、大人になるとTVやネットで豪徳寺のようすをみるようになり、ずっと一度、行って見たいと思っていました。

招き猫発祥の地

我が家には結婚して以来ずっと猫たちがいます。

そんなこともあり、招き猫に対しても愛着があります。その発祥の地が豪徳寺であったのに驚いています。

寺務所の前に招き猫がいました。

豪徳寺のパンフレットに招き猫の記載があったので転記させてもらいます。

◆鷹狩り帰りの殿様を、寺へ招いたこと

ある日、この地を通りかかった鷹狩り帰りの殿様が、お寺の門前にいた猫に手招きされ、立ち寄ることに
寺で過ごしていると、突然雷が鳴り雨が降りはじめました。雷雨を避けられた上に、和尚との話も楽しめた
殿様は、その幸運にいたく感動したそうです。それが彦根藩主の井伊直孝でした。豪徳寺は、直孝に
支援され、寛永10年(1633年)に再興しました。

現在は寺務所所で招き猫が売られています。写真は5号の招き猫体調12㎝ぐらいで1,000円でした。

招福殿は参拝した当日は工事中で見られませんでしたが、境内のあちこちに奉納された招き猫が置かれています。

豪徳寺の御朱印

寺務所では御朱印も頂けます。

中央にご本尊の釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)は、釈迦如来のことです。

境内のようす

豪徳寺のHPはこちら

 

入口には立派な門があります。

門から山門の間は松の木が両側に生えている趣のある道が続いています。

山門です。修理され新しくなっていますが、この場所が友人とメンコをやった場所と明確に覚えています。

昨年(2020年)に出来たばかりの地蔵堂です。

鐘楼です。この鐘楼はついていた記憶があります。梵鐘は延宝7年(1679年)、藤原正次(釜屋六右衛門)により鋳造されたものです。

駐車場そばのトイレの横にある自動販売機に招き猫の絵がありました。

仏殿の前に大きな香炉が置かれています。こちらも新しそうです。

仏殿の側面です。この横で遊んでいた記憶もあります。

庫裏、書院です。こちらも時代を感じさせる建物です。

とても立派な法堂(本堂)です。昭和42年(1967年)に移築造営されたそうです。昭和43年まで豪徳寺に住んでいたのですが、この建物の記憶はありません。

寺務所です。こちらで御朱印や招き猫を頂けます。

3重塔です。こちらも平成18年(2006年)5月に出来上がった新しいものです。高さ22.5mあります。

境内に招き猫の像が立っていました。

豪徳寺は彦根藩の井伊家の江戸菩提寺です。井伊直弼のお墓です。

多くの人が参拝に来られます。

まとめ

53年ぶりに訪れた豪徳寺は新しい建物も増え、境内も整備されて発展を遂げていました。

7~8歳頃まではよく遊びに来ていたので新しくなった豪徳寺も懐かしさでいっぱいでした。

これほど発展したのは地元の人に愛されたのと招き猫のおかげですね。

 

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