穴開き古銭 寛永通宝と嘉慶通宝

今回は私がもっている穴開き古銭の話です。寛永通宝は小学生の頃友達と交換して手に入れたものです。 嘉慶通宝は、いつの頃からか所有している古銭です。数年前ちょっと調べると中国の古銭ということが 分かりました。

なぜ私がもっているの?も含め2種類の穴開き古銭について調べてみました。

コンテンツ
・寛永通宝
・嘉慶通宝
・まとめ

寛永通宝

まずは、寛永通宝です。銭形平治が投げていた銭です。といってもTV放送が終わってだいぶ経ちますから知らない人も多いですね。

寛永通宝は、江戸時代を通じて広く流通した銭貨です。寛永13年(1636年)に創鋳、幕末まで鋳造されています。

寛永通宝は、明治維新以後も貨幣としての効力が認められ続け、昭和28年(1953年)末まで、法的に通用していたいました。実際に通貨とし使用されたのは明治中期頃のようです。発行枚数も300~400億枚と推定され、現在の10円玉の発行枚数に相当します。使用期間は約240年もあります。すごくないですか!!

私が小学生の時に、交換で手に入れた友人の家はお由緒がありそうな家で古い切手や古銭をたくさん持っていました。寛永通宝の種類は数百種類あるといわれています。収集家の間では古寛永、新寛永と呼んで分けているようです。

また、清代の中国でも寛永通宝が流通していました。銭貨の流通量が少なかったため、銭貨需要に応えるべく、日本から寛永通宝が輸出されたそうです。寛永通宝は中国の主要都市23カ所で発見され、遠くは新疆ウイグル地区やカムチャッカ南部、北千島からも発見されているそうです。

寛永通宝の表面です。寶のしたがハの字なので新しいものです。古いものはスの字になっているそうです。

裏面です。この模様はかなり最近の寛永通宝のようです。

 

嘉慶通宝

次に、嘉慶通宝です。この古銭は一体どのようにして私のところへきたのでしょうか?

嘉慶通宝は、中国の清の7代皇帝の嘉慶帝の時に発行されたお金です。清代は、皇帝の名前を使用した貨幣が皇帝ごとに発行されています。清の創始者のヌルハチから数えて12代中10代の皇帝が自分の名前の貨幣を発行しています。

風水のグッズで五帝銭や六帝銭と呼ばれるののがあります・・

清の12人の皇帝の中で特に絶大な権力を誇り、繁栄し財を成した5人もしくは6人の皇帝の気やエネルギーを運気アップのパワーとするため
アイテムです。

五帝銭の場合は、3代順治帝の順治通宝、4代康熈帝の康熈通宝、5代雍正帝の雍正通宝、6代乾隆帝の乾隆通宝、7代嘉慶帝の嘉慶通宝です。六帝銭の場合は、五帝銭に加えて人望厚い偉大な権力者であった8代道光皇帝の道光通宝です。

この風水のアイテムとしての古銭が私の元にきたのでしょうか・・

もう一つの情報としては、これらの清代の古銭は日本に入ってきているそうです。

五帝銭の一番古い古銭の順治通宝1644年発行です。寛永通宝の発行が1636年なので、これらの清の貨幣は、日本の寛永通宝と時代的にはかぶっています。

江戸時代は「寛永通宝」以外の銭の流通は禁止されていましたが、渡来銭があまりにも多く、清朝銭がまぎれていることもよくあったようです。

これら日本に入ってきた中国古銭が回りまわって私のの手元にきたのでしょうか・・

嘉慶通宝の表面です。2枚ありますが字体などは同じです。少し傷んだ感じです。

裏面です。2枚とも模様は同じです。

まとめ

古い古銭は調べてみると色々なことがわかります。室町時代から江戸時代初期まで使われた永楽通宝は、日本のお金と思っていたのですが、明の永楽帝の時代につくられた中国のお金です。改めて同じ文化圏にいたことを確認させられます。

今回の嘉慶通宝も勉強不足で日本のお金と思っていました。結局どこから私の元に来たかは分かりませんでした。色々な事に興味を持つことが、新しいことが起きたり、新しいものを手に入れた時の理解を深めることができることを再認識しました。

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