40年以上前の話です、今のなっては時効の話です!
社会人になり、会社の山の会に入りました。
会社の山の会では、武尊の麓に山小屋を持っていました。
新人山行は、その山小屋から新人が、セメントと水を持って山頂に道標を立てに行くというものでした!!
道標はちゃんと立ったのでしょうか??
大学のクラブで山を登るようになっていました。
とは言え、春から秋のスリーシーズンだけ登る比較的穏やかなクラブでした。
社会人になり、趣味の欄に山歩きと書いたのを見て、会社の山の会の人が声をかけてきました。
気軽な気持ちで入会したのですが・・
この山の会は普段は優しい雰囲気の人ばかりですが、冬山も岩もやっている人がいて、縦走もハードです。
山の会では上州武尊の麓に山小屋を持っており、
新人歓迎山行では、そこから武尊の山頂に道標を立てにいくというものでした。
写真の後ろに見えるのが山の会の山小屋です。
道標を立てる?
そんなことしてよいの?
調べてみると、武尊は2000m以上の山で
唯一、国立、国定、県立のあらゆる自然公園に含まれていない山だったのです。
でも道標を立ててよいの?? の疑問は残ったままです。
登口は武尊神社からです。
新人は4人でセメント25kgを2つと水20kgを2つを交互に担いで登ります。
ハッキリ覚えていませんが、登りに4時間以上かかったと思います。
春の武尊はまだ雪があります。
赤丸内のザックは小さいように見えますが、25kgのセメントが入っています!!
道標自体は先輩方が担いでいたと記憶しています。
その道標が、とても立派です。
先輩の奥さんが作ったとのことですが、かなり気合が入っています!
こんなもの個人でつくるか?!
写真で確認すると、15人ぐらいで登ったようです。
山頂で、セメントを練って、足りない水は雪を足した立てたのを記憶しています。
無事立派な道標が立ちました!!
横に立っているのは、今より20kg痩せている私です。
別人ですね!
でも武尊の標高を先程確認していみると2158mでした。
道標は、2192mとなっています??
高さ変わったの??
その3年後ぐらいに、山渓を見ていたらその道標の前で記念写真を撮っているグループが写っていました。
でも立ててから5年後ぐらいに再度武尊に登ったときは、道標は無くなっていました。
撤去されたのか?
倒れたのか?
分からないままです・・
この山の会の人は普段は大人しく紳士なのですが、色々と不思議な行動をしています。
ある時、夜に寮にに集められ岩登りの練習をするぞといって、
街中にある3~4mぐらいの石垣を登りにいきました。
よくこんな石垣を見つけたと感心しましたが、
登っていると、パトロールしていたオマワリさんに声をかけられました。
岩登りの練習をしているというと、別におとがめはありませんでした。
当時は、おおらかでしたね。
また別のときは、懸垂下降の練習をするといって、
昼休みに、3階建てのビルの屋上から懸垂下降で下りるという練習をしました。
今考えると、これはまずいと思いますが、
その時も、総務から注意されただけだったようです。
おとがめは無しでしたが、それ以降はやらなくなりました。
冬山に行ったことがなかった私は、冬用のシラフを購入したときに、
どれくらい暖かいのか、確認するために
12月末の週末に公園に行き、テントをたて朝まで寝ていたことがあります。
もうこの時はこのクレージーな山の会に毒されていたようです。
武尊の新人歓迎山行は、少しクレージーでしたが、思い出に残る山行の一つです。
今よりはおおらかで、色々なものに縛られない人が多かったように思います。
残念なことに道標の写真が載っていた山渓は、引っ越しのときに捨ててしまいました。
あの道標の最後はどうだったのでしょうか?